それはそうとそうじゃない

統合失調症で無職の人がDTMをやったりやんなかったりするブログ

近況

まず、私の近況を話すとなると、9月のはじめにハローワークに行った話からしないといけないです。

 

9月のはじめにハローワークに行って、障害者雇用で仕事を探そうと思いました。なぜかというと、急に自分の置かれてる経済状況に悲しくなったからです。もっとお金がほしいと思いました。

 

ただ、実際に行ってみると、担当の方に遠回しに診断書が必要だと言われました。しかも、その発行に5千円かかると言われました。私は悩みました。次に医者に行くのはずっと先だし、仕事が見つかるかわからないのに5千円という金額はすごく高いと思いました。それで、一旦障害者雇用を諦めました。

 

次に、某ピザチェーンのバイトに応募し、面接にも行きました。一週間後に合格の通知が来たのですが、その前に電話対応できつい言われ方をして、もうその怖い社員さんのいるそこの店では働けないと思いました。結局母に断ってもらいました。私は携帯を持ってないのですが(スマホはもってる)携帯がないとそのお店では仕事にならないということで、携帯が契約できないとウソをついて断りました。結果、母に頼らなくても自分でも断れそうでしたが、怖くて連絡も入れられなくなってしまったので、かなり自分が情けなかったです。

 

バイトに応募し、面接を受けてから合格の連絡が来る間くらいに、急に年金のことについて思い悩むようになりました。たしか、きっかけはとある同病の方がツイッターで年金が通った旨をツイートしていて、それを見ちゃったことだったと思います。でもそれはきっかけに過ぎず、そのまま希死念慮がもくもくと大雨の降る前の雨雲みたいに頭の中を支配して、自分の家族の環境と、経済的な事情と、自殺する勇気がもてないことが順番に頭を支配して泣いてました。

 

何も手につかなくなったのですが、家にいるとDTMをやらないといけないという気持ちやギターを練習しなければ、もっというとゲームもアニメもできないので辛くなりそこから2週間くらい母親の家(うちは両親が別居していて、今は父と住んでます)に避難してました。母の家はネット環境がないのでテレビを見たり、村上春樹1Q84を読んだりしてました。そして、今日父親と暮らしてる家に戻ってきました。明後日通院なのでそれに合わせて戻ってきた形です。

 

母親の家にいたとき、父親が作ってくれているご飯に比べて母親やその彼氏(おじいさんですけど)が作ってくれたり買ってきてくれるご飯の方が格段に美味しくて、父と一緒の家に帰るのが嫌になってしまうことがありました。父のご飯に文句があるのなら自分で作ればいいと思ったのですが、私が用意するより、父が用意したほうが食費は安くつくと思ったので言いにくかったのです。が、母親から父に交渉してもらって、自分でご飯を作る代わりにお小遣いを2万増やしてもらいました。2万増やしてもらいましたが、私としては完全に無職なのでできれば月1万の食費でなんとかしたいと思ってます。うまくいくかはわかりません。

 

今はなんとかまた耳コピをしたり、曲を作ったりしたいと思っています。あと、ミックスについて調べてたら、AIでいいミックスをしてくれるソフトがあったのですが、それが今のパソコンでは低スペック過ぎて使えないみたいなので、もっと高スペックのパソコンが本格的に欲しくなりました。

 

来年からシナリオライターの講座を取りたいし、お金も働いて稼げない。のであれば、ライブに行くのを控えようかなぁ。とか考えたりもしてました。ライブに行きたかったら日雇いのバイトとかでもするしかないと思います。やっぱり働けるといいなぁとは思います。でも、どこに行っても理不尽に怒る怖い人はいるので、働きたくないなぁとも同じくらい思っています。私がどのくらい貧乏に耐えられるかにかかっています。

 

今回希死念慮でいっぱいになっちゃったのは、仕事を探して疲れたせいでもある気がします。しばらくは働くことは考えずに休みたいです。